現役産科医の視点

生命誕生の現場、産科医の視点から

「胎教」、最も大切な事は何か?

胎教広辞苑第六版)

「妊婦が精神的な安定や修養につとめて胎児によい影響を与えようとすること」

優秀な子孫を授かりたいというのは生物学的に正しい本能ですが、「胎教」となると、子供を賢く育てたい親の気持ちにつけ入るような、怪しいイメージを持つ人もいるでしょう。胎児にとって最も大切な事は何か? について考えます。

 

30年前、大学病院で産科当直をしていた時の事。まだ薄暗い早朝、前日から夫婦喧嘩をして興奮し、一晩中寝られなかった妊婦さんが、お腹が張って痛いと訴え来院されました。髪は乱れ、目は充血し、ハデにやったなという感じですが、すでに夫婦喧嘩は落ち着いており、夫婦の関心は「胎児は大丈夫か」ということです。 

当時、最新の超音波画像装置で見ると、手足を動かす普通の胎動が見られず、胎児は小刻みに震え、あたかも「雷雨の中、家の軒先で震える子犬」のような印象です。胎児心拍数と胎動を連続して調べると、正常なら約20分の周期で見られる活動サイクルも見られません。異常というほどではありませんでしたが、お腹の張りもあるので様子を見たところ、通常の心拍数パターンに戻るまでに約半日かかりました。

私たち大人も、興奮している時に字を書こうとしても、手が震えて上手く書けないものです。母親の血液中のアドレナリンなどの興奮ホルモンは、胎盤を容易に通過して胎児に移行します。母親には過剰なホルモンを分解する働きが備わっていますが、胎児はその機能が未熟で、興奮ホルモンが持続的に作用します。

ストレスによるアドレナリン分泌は、適切な量であれば胎児にも良い刺激になるかもしれませんが、「興奮で手の震えが止まらない」ほどのホルモン分泌は、興奮の理由の善し悪しに関わらず、胎児に良い影響を与えません。

 

次はYouTube 動画(約2分間)です。羊水に包まれた暗い子宮の中で、胎児が感情を表現しています。


おなかの赤ちゃん「笑顔、しかめっ面」 胎児4Dエコー - YouTube

映像自体は2005年頃のものですが、20113月の東日本大震災の直後、被災された妊婦さんが辛い思いをしている中、母親が安心できる環境で、少しでも笑顔を取り戻すことが、おなかの赤ちゃんにとても重要であることを伝えたいと、筆者がアップしたものです。たとえ、本当の笑顔ではなく、辛さを一時的に紛らわすだけであっても、胎児にとっては有意義です。

 

PTSD(心的外傷後ストレス症候群)は、極度のストレス状態の持続や、精神的な衝撃を受けることが原因とされますが、その状態を引き起こすのはアドレナリンなどの生理活性物質です。

胎内PTSDという概念は筆者の造語ですが、胎内で持続的に過剰な生理活性物質にさらされることは、出生後の子供に、動物的な原始不安、漠然とした不安や身体的障害を引き起こす可能性があります。

 

「胎教」でより賢い子に育てる、ということを考える前に、まずは、健康な胎児の発育を邪魔しない、子宮内の発育環境を整えると考えるべきです。

 

次回、「胎教」について、さらに詳しく紹介します。