現役医療者の視点

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「胎教」 その2

◆「胎教に悪い」と「胎教に良い?」の大きな違い。

本来、「胎教」という言葉は「○○は胎教に悪い」、「そんなことをすると胎教によくない」など、妊婦が精神的な影響を受けないように願う配慮として使われてきました。

広辞苑では、

「妊婦が精神的な安定や修養につとめて胎児によい影響を与えようとすること」

としていますが、これには多少誤りがあります。

子供が無事に五体満足に生まれ、育つことが親としての唯一無二の願いであり、それがかなえられる事は(自然に、神に)感謝すべき事であった時代に、妊婦やおなかの赤ちゃんに少しでも悪い影響を与えないようにと、祈る思いが「胎教」の始まりです。

胎児の段階から、自分の子供を(他の子供に比べ)より賢く育てるために、妊娠中から何かを行う「胎教」というのは、1980年代以降に注目されてきました。

これは、胎児心拍数モニタリングや超音波検査により、かつてブラックボックスであった子宮内の胎児の様子が少しずつ解明され、胎児学(胎児生理学)という分野ができ、「胎児は見ている(初版)」「胎児は天才だ」などが出版された時期に一致します。

胎児生理が解明されてきたことは良いことですが、「胎教」として誇大解釈されているのが実情です。

 

◆「胎教に悪い」の例

私が所属する産科病棟には若い助産師が多数在籍しており、年中、誰かが妊娠中です。妊娠中の助産師も通常の分娩介助は行いますが、子宮内胎児死亡(死産)や出生前診断の結果で中絶処置を行う時の出産は、妊娠中ではない助産師が介助にあたります。誰が決めたというわけではなく、現場に携わるスタッフらが本能的に、何となく「胎教に悪い」気がするという暗黙の了解で、医学的な根拠はありません。

お産のプロとは言え、さまざまな異常出産を知っているが故に、自分の出産となると不安になるものです。必要以上に不安にさせてはいけないという現場のコンセンサスです。

 

◆「胎教に良い?」は要注意

海外ドラマ「救急救命ER」のファーストシーズン第19話「生と死と」はエミー賞を取った有名なシナリオです。このドラマの中で、ERのグリーン医師が、母親のおなかの上から専用装置で音響振動刺激を与え、寝ている赤ちゃんを起こして元気なことを確認しようとします。その後、母親は胎盤早期剥離を起こして、帝王切開後に死亡します。

これは非常によくできたシナリオで、医学的には実際にあった話を元にしていると思います。

現役産科医としては、あの時点で音響振動刺激を行わずに、刺激のない胎児モニタリングを続け、危険兆候が明らかになった時点で、緊急帝王切開を行っておれば、母子ともに助けられた可能性があると考えます。長年、胎児生理を専門としてきましたが、20年前から音響振動刺激装置は使用していません。

このようなケースは、非常にまれな確率でしか起こりませんが、子宮内の胎児が元気かどうかを確かめるために、胎児の状態を考慮せずに刺激を与えることは、思いもよらない結果を引き起こす可能性があります。

ネット上でキックゲームなどが紹介されています。確かに、母親が叩くサインに反応して胎動が誘発されることはあると思いますが、胎児は寝たばかりかもしれず、親の都合で無理やり起こされて嫌がっている可能性の方が高いと思います。

 

胎教を考えるなら、胎児に余分な刺激を与えないことです。自然界のほ乳類は全て、本能的に刺激をできるだけ避ける努力をしています。

ただし、「胎教」という概念は意味のないことではありません。母親が心がける具体的なことについて次回紹介します。