現役医療者の視点

現役医療者の視点  AllAboutガイド

「卒乳」と「断乳」 本当は深い問題

2002年、母子手帳の断乳に関する記載が削除され、「断乳」という言葉は過去のものになりつつあります。しかし、産後の職場復帰や保育所問題も絡んで、悩ましい事情をかかえた母親に、適切な計画的卒乳(断乳)を指導できないのでは母乳の専門家と言えません。

順調に半年以上、母乳育児を続けてきたお母さんが、事情があって母乳をやめたいと専門家に相談した時、「子供が母乳を欲しがっているのならやめる必要はない」と意見されただけだった、という話もあります。

【卒乳】母乳で育ってきた赤ちゃんが、徐々に母乳を必要としなくなり、母乳哺育から卒業していくこと

【断乳】母乳で育ってきた赤ちゃんの母乳哺育を、ある時期に、母親が意図的に終了させること。

卒乳と断乳のどちらが自然なのでしょう? 現在、多くの母乳専門家は卒乳が自然と考えていますが、本当は違うと思います。

NHK「ダーウィンが来た!生きもの新伝説」では、地球上のさまざまな生物の営みが紹介され、哺乳類の回では、必ず生殖・出産・育児と、母と子の感動的な子別れのシーンがあります。

家畜以外の哺乳類は全て、必要十分な母乳哺育ののち、母親は、あらかじめプログラムされていたかのように本能的に、母乳哺育を中断し子別れします。決まった時期に子供を突き放す場合もあります。

哺乳類であるヒトの祖先、クロマニヨン人も、日本列島の縄文人も、新生児・乳児期を(幸運に恵まれ)無事に育てることができたのちには、ある程度決まった時期に断乳をしてきたと考えられます。

確かにWHO(世界保健機構)は、「2年を超えても授乳を続けてよい」としていますが、「2年を超えて授乳を続けるべき」としているのではありません。乳児が安心して飲める水がない国や、乳幼児の栄養が十分ではない国では、母親というフィルターを通した飲料が最も安全ですが、最良ということではありません。

f:id:akachann99:20170308160634j:plain

 

◆計画的卒乳(断乳)

順調に1年以上の母乳哺育を続けてきたお母さんが「そろそろ母乳を止めようかな?」と思うのは、本能的な感覚です。多くの場合、子供がタイミングを教えてくれますが、母親が子供の自立を感じる、生後1歳から1歳半の間と考えれらます。

それは、子供が立って歩く(重力に逆らって立つ)ようになり、自らビタミンD、カルシウムを摂取して、くる病を防ぐ必要がある時期であり、目の前にあるものを手で口に運ぶ(何でも口に入れたがる)ようになる、母親にとって次の妊娠に適したタイミングでもあります。

計画的卒乳(断乳)は季節や子供の体調に配慮した上で、ある程度計画的に行うと子供や授乳のトラブルも少なくて済みます。ただし、やむをえず早期断乳する際も、少なくとも生後半年は母乳哺育を優先したいところです。

 

◆桶谷式など

日本では、1950年頃まで自宅分娩が90%以上でした。1980年代に病院でのお産が90%以上となりましたが、母乳哺育は医学の対象と見なされず、医師や病院助産師の多くは粉ミルクメーカーの手先のようなことをしていました。

その時代に、母乳保育や育児の経験や知恵をまとめた産婆・助産師が全国各地におり、最も有名なのが桶谷式です。

桶谷式の断乳では、おっぱいに「へのへのもへじ」の絵を描いて驚かせたり…、のようなことが強調されますが、実際に、一連の流れを経験すれば、母親にとっては母乳保育の完走ゴールであり、子供にとっては最初の自立(子供の表情から本人の意思が伝わってくる)であり、成人式(社会が個人を認める)以上に親と子の信頼感あるコミュニケーションであることが分かります。

もし私が、ヒト生態を記録する映像作家だったら、この計画的卒乳(断乳)をヒト育児の感動クライマックスにもってくると思います。

◆乳幼児のくる病

最近、“くる病”が増えています。

“くる病”は、ビタミンDが不足して、乳幼児の骨の発育が障害され、背骨や四肢の発育不全、異常な湾曲を生じる病気です。ディズニー映画「ノートルダムの鐘」の主人公カジモドの病気で、日本でも1960年代までは、時々、街で見かけました。

過去の病気と思われていた“くる病”が、再び増えた原因はいくつかありますが、ほとんどが母乳栄養の乳幼児です。良いはずの母乳哺育のどこに問題があるのでしょうか? 三つの原因が考えられます。

1.母親のビタミンD摂取不足

 100年前のアメリカで、乳幼児が牛乳由来の人工乳を飲むようになりくる病が流行したため、人工乳にビタミンDを添加するようなりました。当時、適度に日光に当たっている健康なお母さんに母乳哺育された乳幼児はくる病にならないとされました。ところが、食生活の変化で、母乳中のビタミンDが不足し、ビタミンD添加の粉ミルクと逆転しました。

2.日光照射の不足

 ビタミンDは、日光照射により皮膚でも作られています。外出不足や過度な紫外線対策により、ビタミンDが欠乏しています。一日中、家にいて生活できる便利な時代、適度な日光照射は必要です。日本では、晴れた日に顔と肘から先の腕を15分程度、直接日光に当てるだけでビタミンDが作られると考えられています。

3.卒乳・断乳の遅れ

 卒乳が遅れた方の中に、乳幼児のビタミンD不足がみられることがあるのは事実です。自分で歩くことのできない時期に母乳が良いことは確かですが、生物学的に適したタイミングで計画的に卒乳(断乳)することは、ヒト生態として理にかなっています。