現役産科医の視点

生命誕生の現場、産科医の視点から

「へその緒を切る」ことの本当の意味

 日本では、お産が分娩施設で行われるようになり「へその緒を切る」のは、医師、助産師だけに認められた「臍帯切断」という医療行為だとする考えがある一方、最近では、妊婦本人から「自分で切りたい」、「立ち会った夫に切って欲しい」、「しばらく、へその緒がついたまま素肌で抱いていたい」などの希望があり、それに応じる施設も増えています。

週刊東洋経済5/16日号「最強のエアライン」によれば、エミレーツ航空CAキャビンアテンダント)は、機内で乗客の出産に立ち会うことを想定した訓練の中で、人体模型によるへその緒を切断する練習もしているとのことです。

 

◆「へその緒を切る」ことの本当の意味

毎年、臨床研修医が産科研修に来ると最初に次の質問をします。

「医師である君が、お産に立ち会った際に、一番大切な仕事は何だと思いますか?」

将来、産科を専攻する研修医はいないので、内心は「お産に立ち会う予定はない」と考えているのかもしれませんが、たいていは「母体の状態、胎児の状態(心拍数など)に注意して、母児の安全を……」と医学的に妥当な答えが返っていきます。 

続いて、次の質問をします。

「では、君が内科医になったとして、主治医として臨終の場に立ち会った際に、一番大切な仕事は何だと思いますか?」

逝く人を厳粛に看取り、悲しむ家族の気持ちへの気配りをするのは医師の大切な仕事の1つですが、本心は、医師は医学的判断や治療を行うのであり、そのような、やや儀礼的なことは行わないと考える人もいますが、さらに、

「産まれる時、成人する時、結婚する時、死に逝く時。そんな人生の節目に立ち会う仕事をどう思いますか? 今は答えなくていいから、お産に立ち会って自分なりに考えてみてください」と研修医に話して実習を始めます。

人生の節目に立ち会う仕事をどう評価するか、意見はさまざまかもしれませんが、実際に立ち会ってみれば説明しがたい感情が湧いてくるものです。

 「へその緒を切る」ことは、この母親からこの子供が産まれたこと示す象徴的な瞬間です。人が産まれる瞬間に立ち会い、いつ(年月日、時刻)、どこで、誰から産まれたかを見守ることに、単なる医療行為以上の意義を感じるのが産科医です。たかが「へその緒を切る」ことくらいに大げさな意義をつけるな、と思った研修医もいるかもしれませんが、4週間の研修の終わりに、

「将来、産科医になる予定はなくても、『へその緒を切る』ことはできるようようになりましたか?」と声をかけて研修を修了します。

むかし、遠洋航路の船上で産まれた子供の立会人は船長でした。もし、エミレーツ航空に搭乗中にお産に立ち会うことになり、キャビンアテンダントの前でへその緒をうまく切って「おめでとう、何時何分、エミレーツ航空〇〇便機上、母親〇〇、男児or女児出産 立ち会い〇〇」と宣言し祝福する事も、医師として大切な仕事と思います。

最近、お産に立ち会う夫の中に、へその緒が切り離される瞬間を映像に残したいと希望される方がいます。明かりを落とした分娩室の中で、ライトが当たり浮かび上がる「へその緒」。へその緒を臍帯ハサミで3度、4度と挟み、切り離される瞬間の映像には、それを見守る視点の主(父親)の存在感が感じられます。