現役医療者の視点

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「働き方改革」は医療改革のチャンス

2019年4月から始まった「働き方改革」は、戦後70年以上続いた日本の雇用システムを根本から変える改革です。

医療分野では、医師の長時間労働、過重労働の改善、つまり、医師のための改革として報道されることが多く、一般の人は関係がないと思われるかもしれませんが、実は、医師の業務や権限が、他の医療スタッフに委譲(タスク・シフト)されることで、より良い医療の提供が期待できます。

かつて、産婦人科は、人間の生老病死の全てに関わる事が出来る科として、人気のある科の一つでしたが、現在では、1人の医師の能力で全てをカバーすることは困難です。そこで、専門性が高い仕事を、ジョブ型勤務の専門家に任せることで、医療の質を維持する必要があります。例として、産科超音波検査士、遺伝カウンセラー、胚培養士を紹介します。

 産科超音波検査士

例えば、先天性心臓病は出生100人に1人の頻度で発生しますが、その中で、出生直後に手術が必要な異常の場合、新生児心臓手術が可能な施設で出産すれば、救命することができます。

このような胎児異常を見つける超音波スクリーニング検査を行うのが産科超音波検査士です。専門的な知識と経験が必要で、治療が必要な異常が見つかれば、医師と対等にディスカッションし、最終的な判断や、患者への説明や、治療先への紹介は、医師が行います。

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超音波スクリーニング検査

 

産科超音波検査士モデル  40歳女性既婚 子供2人 年収450

臨床検査技師の専門学校を卒業。病院に就職して検査業務をしながら、産科超音波検査の研修を5年間行い、超音波学会認定の超音波検査士となる。結婚して2人出産。

仕事は妊婦健診の超音波スクリーニング検査で、妊婦1人に30分、110人の検査と報告書作成。空いた時間に採血、心電図などの臨床検査業務を行う。常勤の定時勤務で、60歳以降も勤務継続が可能です。

毎年、学会やセミナーに参加し、研鑽を続ける経験豊富な超音波検査士は、ほとんどの産婦人科医よりもスクリーニング診断能力の点で優れており、医師の負担軽減になっています。

 

 遺伝カウンセラー 

日本における出生前診断や遺伝相談の混乱や問題の多くは、一般の産婦人科医が、不慣れなカウンセラー業務を行ってきたことが原因の一つです。専門の遺伝カウンセラーに任せることで、質の高い相談が期待できます。

遺伝カウンセリングは、初回に少なくとも30分、問題があるケースでは1時間程度かかります。英語で専門書やインターネットを調べたり、学会や研修会に参加するなどの自己研鑽が必要で、一般の産科医が診療の合間にできるような仕事ではありません。

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遺伝カウンセリング

遺伝カウンセラーモデル 38歳女性既婚 子供2人 年収420

医療系大学の助産師科を卒業、助産師として勤務の後、大学院に進学し遺伝カウンセラーを取得。現在、産科外来で、常勤として勤務しながら、出生前診断や遺伝相談を希望する夫婦のカウンセリング業務を担当。

遺伝カウンセラーはハードルの高い資格ですが、ニーズは増えており、65歳以降も専門職として勤務できます。

 

 胚培養士

顕微受精などの生殖補助医療が始まった頃は、医師が1人で全ての作業を行っていました。当時、誤って別の夫の精子で体外受精させた事件がありましたが、実は他にも、子供の事情に配慮して表沙汰にならず、示談となった例が、いくつかあったようです。

先日も、オランダの医師が不妊治療の際に、無断で自分の精子で体外授精させ、49人の父親であることがDNA鑑定で判明したという報道がありました。医師1人に任せると、必ず、同じ事件が再発するおそれがあります。

www.bbc.com

そこで、生殖補助医療では、作為的な操作ができないように、医療施設としての品質管理が求められています。精子は簡単に採取できますが、採卵は簡単ではないので、細かい作業を同じ品質で続けられる女性で、学会参加や論文調べなどが、苦にならない人が活躍しています。

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顕微受精 生殖補助医療

 

胚培養士モデル 35歳女性 独身 年収650

国立大学農学部卒業、食品会社に就職したが、営業などの業務が不向きで退社。不妊症クリニックの胚培養士の求人に応募し、経験10年目。理系出身で、器用さと集中力を生かし、顕微受精、胚培養の成績が評価され、他に引き抜かれないように、今後も給料を上げると言われている。都会のオフィスビルの一角にあるきれいなクリニックに勤務し、学会・セミナーへの参加、学会発表なども行っています。

ただし、胚培養士は胚培養技術の精度が命なので、妊娠成功率の成績が低下すれば、次の人に取って代わられます。何歳まで従事できるか、今のところ不明です。 

 

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医師が行ってきた業務をジョブ型勤務の専門家に委譲することで医師の収入は減少するかもしれませんが、医療の質を高め、患者満足を得て、医療チームとして評価されることで、将来的には、医師の収入維持にもつながります。

産婦人科だけではなく、医療分野の「働き方改革」は医療改革につながります。日本特有の抗生剤、向精神薬、漢方薬の乱用や、医療費の増大を改善するためには、医師主体ではない、医療システム全体の見直しが必要です。