現役産科医の視点

生命誕生の現場、産科医の視点から

もらい乳、昔話

今回、もらい乳についての昔話です。

「乳母」という言葉があるように、古来、母乳分泌に恵まれた女性が、母乳提供と同時に育児を請け負うことは当たり前で、むしろ立派な職業でした。1980年代でも、もらい乳は珍しくなく、今では考えられませんが、産休明けで母乳のよく出る看護師さんが、夜勤中にお乳が張ってくると新生児室にやってきて、よく泣く子や飲みが足りない子に、母乳を与えるようなこともありました。翌朝、そのことを母親に話すと、感謝されても非難されることはありません、そんな時代でした。

1980年代の大学病院、緊急に大量輸血が必要になり、家族に「患者と同じ血液型の方を20人集めてください」とお願いすると、困った家族の中には、自衛隊に電話して体格の良い男性に集まってもらい、輸血を行うこともありました。ご家族は、提供者が一般の人の場合には1万円を手渡し、自衛隊の人に渡そうとすると「これも任務の1つですから……」「私の血液で元気になってくれれば……」とか、そんなシーンもありました。

貧困、生活費のための売血といえば、つげ義春ねじ式」が有名ですが、母乳の場合は、血液銀行のような組織的ルートはありませんでしたが、口コミや助産師のアドバイスで、母乳が出なくて悩んでいる人が、母乳分泌に余裕のある人から“もらい乳”をして、母乳の提供者に米や野菜を届けたり、金銭を支払ったり、のようなこともありました。母乳の提供が半ば仕事のような人もおられました。

 

1980年代後半以降、B型肝炎ウイルス、HIVエイズウイルス、ATL成人T細胞白血病ウイルス、C型肝炎ウイルスなどの感染様式が認知され、時代は変わりました。